高津高校 Y・Aさん


 小学五年生の時にこの塾に入って、他の人に比べて長い間お世話になったと思います。私が塾に入ったきっかけは、兄も姉もこの塾の卒業生で、姉からこの塾の合宿が楽しいという話を何度も聞いて、とてもこの塾に行きたくなったからです。今考えると、塾にいる間は、楽しい事ばかりだったような気がします。この塾は、他の塾と違って、先生や先輩の仲がよく、遊ぶこともするので、塾に行くのが楽しくなります。勉強以外でも学べることが多く、たぶん他の塾では学べないこともたくさん学べたような気がします。私は本当にこの塾に来てよかったなと思いました。




 布施高校 M・Mさん


 私は、この塾に入ってから、自分自身の何かが変わったような気がします。それは何かと聞かれたら、たぶん精神的な面での事だと思うけれども、もしこの塾に入っていなかったら、今の自分にはなっていなかったと思います。きっかけというのは、この塾に先に入っていた妹の話を聞いたのがはじまりでした。塾で理科の実験をするなんて、思ってもみなかったし、合宿にも驚きました。そんな行事を通じて友達がたくさんでき、信頼できる友達もできました。そんな事があったからこそ、私は変わる事が出来たと思います。この塾に出会うことができて、本当に良かったと思います。藤原学園ありがとう。





 夕陽丘高校 H・N君


 僕は中学校に入学した時に、藤原学園に入塾しました。その時の始めの授業が理科の実験でした。先生や生徒も全て初対面だったので、すごく緊張していました。しかしそんな不安はすぐに消え、楽しさが出てきました。皆、楽しく笑いもあり、始めて勉強というのが楽しくなり、また、新たな勉強の学び方も見つけました。質問をすると自分のことのように一生懸命になって教えてくれました。そして驚いたことに学園に合宿場があることを知りました。また勉強面も皆しっかりと、目標を持っており、すでに志望校を決めている人もいました。そんな内に中学三年生になり、とうとう高校受験という大きな波に立ち向かう時がきました。一学期には今の志望校にとどかない成績でしたが、日に日に勉強を積み重ねていくうちに、あともう一歩というところまできました。中三の冬合宿は、すごく厳しくなると聞いていたけど、その通りでした。最終日には徹夜づけで勉強しました。あの時の皆の姿、質問を一生懸命になって応えている先生方の姿を見て感動しました。今まで教えて下さった先生方、小豆島の合宿場、今まで勉強してきた上本町校に深く感謝したいと思います。藤原学園は永久に不滅です。




継続は力なり、塾の存在は大きい! 「最後の最後まで頑張り抜く」

大阪府立布施高等学校入学 大阪夕陽丘学園高等学校合格 F・Sさん


私が、受験のことを気にし始めたのは11月頃でした。たいていみんなは、クラブの引退が7月か8月頃なので、それと同時に考え始める人が多いと思います。でも、私が入っていた吹奏楽部は何かと忙しくて、11月に引退しました。私は、クラブと勉強を両立することがすごく苦手だったので、クラブが終わる11月から受験勉強を始めました。

志望校をどこにするのか考え始めた時は、自分のなりたい仕事になれやすいように考えました。しかしそうやって考えると、私が行きたい高校がどれもあてはまらず遠ざかっていきました。だから私は、将来のことは少しおいといて、とりあえず行きたいところに行くことにしました。

私はこの約1年間、3つの問題集を中心にやってきました。4月から12月までが「2007年受験用高校入試問題」をしました。そして1月から私立高校の「高校別入試対策(赤本)」をしました。そして、2月から後期公立高校の入試の日までが「大阪府公立高等学校入学試験問題(赤本)」をしました。

私の夏休みの勉強量と冬休みの勉強量は、全く違っていました。私のクラブは1日のほとんどが練習でした。だから夏休みの過ごし方が「勉強よりまずクラブ」でした。だから勉強もあまりせずにクラブと寝ることだけで1日が終わってしまいました。しかし冬休みはクラブがなくなった分「勉強が第1」でした。このことを経験して私は、自分のレベルより上の高校を目指したいなら、夏休みもいっぱい勉強するべきだと思います。しかし夏休みの間、勉強ばっかりするのではなく、ちょっとずつ自分のしたいこともするのが良いと思います。

私は、記憶することが一番苦手でした。そんな私がどうやって記憶していったかというと、授業中に先生が白文字で書いているところを自分が大事だと思ったら赤ペンで書くようにして、赤シートを使って覚えていくという方法です。しかし、ただ赤シートを使って頭の中で覚えていくのではあまり覚えられないので、できるだけいらない紙などに書いて見て覚えていくのがこつだと思います。

私が志望校の入試問題を始めたのは、入試本番の約1ヵ月前ぐらいからでした。しかし、ただ単に問題を解いて答え合わせをして、正しい答えを書くだけじゃ次にその問題をした時に解けない場合があるので、できなかった問題はもう一度理解できるまでし、そして間違った問題を蛍光ペンなどで印をして、次にまたその問題を解いたら効率的だと思います。

私が通ってた塾(藤原学園実験教育研究所)に入塾したのは中学2年の時でした。この頃はまだ塾の良さなんて理解してなかったので、実験があるという理由で入りました。しかし中学3年生にもなると、塾のありがたみがわかり、ついには私の生活の一部になっていきました。それほど塾の存在は私にとって大きなものでした。

私は私立入試も公立入試もどっちも緊張しませんでした。なぜかというと、私には緊張しない方法があったからです。その方法というのは、試験会場に来ている人よりも自分の方が勝っていると思うことです。そしてもう1つ、自分の一番安心できる物をポケットなどに入れておくということです。そしたら自然と安心感がでてきて、リラックスして試験にのぞむことができます。そしたら心が落ち着き試験に集中できるようになります。実際、この2つのどっちもが私にとって役立つ方法となりました。

入試当日でも緊張しなかった私が唯一緊張したこと、それは合格発表です。私立とは違って掲示板にはりだされるので、倍ぐらい緊張しました。そして掲示板が表になる瞬間、私は涙が出そうになりました。始めは夢かと思って何回も何回も確認したのですが、自分の番号があったのです。その時の幸せな気持ちは一生忘れません。

4月からこの合格発表までの約1年間という時間で、つらいこともたくさんありました。お母さんやお父さんにもたくさん迷惑をかけたし、塾の先生達にも夜の遅い時間までつきあってもらったりもしました。だけど、たくさんの人々に支えてもらい、勇気をもらえたからこそ、私は自分の行きたい高校に通ることができました。私は心から感謝の気持ちでいっぱいです。本当に本当に、ありがとうございました。





楽しみながら勉強、個人の長所をのばす塾 「文武両道の志望校を選ぶ」

大阪府立高津高等学校入学 近畿大学附属高等学校(理数)合格 Y・Y君

 僕は、部活で野球をやっていたので、中3の8月まで運動中心の生活を送っていました。

(藤原学園実験教育研究所)には小学3年の時に1日体験に行ってみて“おもしろそう”だと思って入塾したのがきっかけで特に中学受験や高校入試の為ではありませんでした。塾では、春・夏・冬休みの合宿と他にも実験学校を小豆島で実施していましたが、僕は小学校のときから運動第一だったので中3に部活を引退するまでそれらの行事には一度も参加することができませんでした。しかし塾の先生方は、個人の状況や目標に合わせて指導してくれるので自分自身も気づかないうちにスポーツと勉強の両方が身についていたような気がします。楽しみながらも勉強になり個人の長所をのばし、苦手を克服させてくれる様な塾だったので塾に行くのが、嫌だと思う事もなく、塾に行って先生や友達と会う事が生活の一部になっていた様な気がします。

中学生になってからの勉強方法は、特にコレと言ったものはありませんが一つだけ言えることは、授業に集中してできるだけ授業中に覚えるように心がけました。あとは中間・期末テストの一週間前にテスト勉強をするだけでいた。もちろん塾での勉強はやっていました。中3の夏休みに入り塾から「全国高校入試問題集」を渡されました。この問題集はとても分厚くて重たく、とても受験までに全てできるとは思えないものでした。とにかくいつものようにマイペースでこの問題集にとりかかることにしました。9月になってようやく受験を現実のものとして意識するようになりました。というもの2学期の内申点は私立高校に、3学期の内申点は公立高校の入試にかかわるからです。まずは内申点を1点でも多くするのが大事だと思いました。

この時期、まだはっきりと志望校は決めていませんでしたが、ただスポーツと勉強を両立できる高校に行きたいと思っていました。父からは一番いいレベルの高い高校で合格圏内に入っていればどこでも好きな学校を選べるので目標は高くしておくように言われていました。

受験を意識しだしてからは、部活も引退していたので気持ちをスポーツから勉強に切り替えて取り組みました。今までテレビを見ながら勉強していた事もありましたがそれも改めました。ただずっと勉強ばかりでは、かえって効率が悪くなるので、適度に休憩を入れて気分転換をして頭と心をリフレッシュするように心がけました。時間を決めて休憩を取り野球の素振りをしたりマンガの本を読んだりたまには日曜日にバッティングセンターに行った事もありました。とにかく勉強づけでストレスがたまらないように心がけました。

2学期も終わりに近づき、いよいよ私立高校の受験校を決める頃になり中学での三者懇談の直前に塾での懇談がありました。僕が野球と勉強を両立できる高校が希望だったので母がその事を先生に伝えると先生の答えは「質問の答えにはなっていないと思うけど、公立高校に落ちるはずがない」というものでした。半信半疑でしたが五ツ木の模擬テストでは学区内トップ2校で合格圏内に入っていて内申点も滅多にない点数と言われたので7年間僕を見てくれている塾の先生の言葉を信じ絶対公立高校に行くという気持ちが強くなりました。

私立受験の1ヵ月位前から過去問(5年)をやりはじめました。最初は公立の問題より難しいのではと思いましたが問題の傾向が分かって良かったと思います。

私立受験同日は五ツ木のテストで2度行ったことがあったので、その分余裕をもって会場に向かうことができました。受験校には少なくても一度は行って下見をしておいた方が気持ちの上でかなりちがうと思います。合格発表は郵送されてくるのですが私立の中では遅い方でした。自分が想像していたより薄い封筒だったので「えっ」と思ったけど合格していて良かったです。

私立の合格発表後、公立の受験校を決める懇談がありましたが塾・学校の先生ともにどこでも大丈夫という状況でした。僕は入試から理系と文系に分かれるところより、高校に入ってから選択できるところを選びました。後期入試の1ヵ月前から公立高校の入試問題(5年)に取り組みました。ただこの1ヵ月はとても長く感じ、早く受験当日になってほしいと思いました。塾では12月頃から誰からともなく皆自主的に授業が終わっても居残り勉強をし、授業の無い日も塾で自習をするようになっていました。先生方だけで無く塾の卒業生である講師の先輩方も僕たちを助けてくれました。受験当日は塾の合宿所(小豆島)で皆の世話をしてくれているおばさん手作りのふくろう(不苦労)のストラップと先生や講師の先輩方のエールの寄せ書きをお守りにしました。受験各校では先生と講師の方々が食べると必ず合格すると言われている合格餅を塾生に渡してくれました。試験終了後すぐに塾に集まり皆で自己採点をしました。余裕で合格ラインを超えていたので合格発表の日が待ち遠しくなりました。1週間後合格を確認した時には、開放感がありました。明日から好きな野球ができると思いました。今年はインフルエンザの流行のピークが丁度3月中旬で卒業式に出席できなかったり、保健室で受験をした友人も多かったです。体調管理も受験の一部であることを思い知らされました。僕が思う受験にとって大事な事は「自分のペースを早く見つける」「あきらめない」「体調管理」だと思います。

最後になりますが僕を助けてくれた学校の先生、塾の先生・講師の先輩方・関係者の方々、友達、お世話になった全ての方々に感謝し高校生活を送りたいと思います。





この体験は大きな自信となる! 「まず、苦手科目、分野を克服しよう」

大阪府立高津高等学校入学 近畿大学附属高等学校合格 H・Sさん

 私は中学1年生の時に「高校は姉が行っていた、夕陽丘高校に行こう」って思っていました。しかし、中学3年生になった時には、自分なりの目標を立てていました。その目標とは、「頭の良い学校に行って、そして自分の好きな習い事を一生懸命やって楽しもう」ということです。その目標を立ててから、私は高津高校を目指して頑張って勉強しよう!と決めました。しかしその後すぐに私はクラブの試合中に足を骨折してしまいました。その時の私の頭には(内申が大切なのに体育ができへん。どうしよう。)という思いがありました。しかし私は(よし!内申が無理ならもっと成績を上げよう!)と決めました。今になって思うと、そうした気持ちを切り替えた事はよかったな、と思いました。それからの私は、学校に早めに行き、授業が始まるまで勉強をし、学校が終わってから足の病院に行き、それから塾(藤原学園実験教育研究所)に行って勉強する。それが夏までの勉強パターンでした。受験勉強は時間が勝負だと私は思っていました。なので私にとって病院に行く事はとても嫌でした。(あ〜この間もみんなは勉強してるんだな)と思うとすごく不安になりました。

夏になると私は苦手な数学を中心に勉強しました。私は英語以外の教科が苦手でした。苦手科目が多すぎて正直なにから手をつけたらいいのか分かりませんでした。だからまずは数学を克服しよう!と決めました。そしたら夏休み明けの五ツ木のテストで数学が上がっていたのです。すごく嬉しかったのを覚えています。しかし判定はC。まだまだ頑張らないとダメだと思いました。私はそれから、塾でもらっていた全国高校入試問題(通称、電話帳)をひたすらやりました。だけど一番苦戦していたのは数学と国語。数学は1人でやっていたら分からない所が多すぎて全然進まないのです。だから私は、家では質問の少ない教科を、塾ではいつでも先生に質問することができるので、数学と理科を中心的にやっていました。国語は問題数が多すぎて開けるのがいやでたまらなかったので、あまり手をつけていませんでした。だけど私は自分なりに一生懸命勉強をしていました。なのに何故か成績は下降していきました。ついに五ツ木の判定でE判定が出てしまいました。その時は悔しくて泣いてしまいました。周りはみんな上がっている、私もちゃんと勉強してるのに、何でなの?すごく不安と焦りが胸の中にありました。志望校も変えようかと考えました。だけどやっぱりどうしても高津に行きたい!もしかしたら受けさしてもらえないかもしれないけど、諦めないで最後まで頑張ろう!と決めました。それから私は必死に頑張りました。私が行っていた塾恒例の冬合宿に小豆島へ行きました。私達は合宿最終日に徹夜勉強をしました。すっごく大変だったけどやり遂げた瞬間はとっても達成感があり、私にとって大きな自信になりました。冬休み明けの最終の五ツ木テスト、その日に賭けて猛勉強をしました。これで成績が上がらなかったら諦めよう、そう決めていました。しかし結果はB判定!私は(やった、努力が実ったんだ。)と嬉しく思いました。そして私は高津高校を受ける事ができました。当日は学校へ行くまでが胃が痛くなるほど不安と緊張でいっぱいでした。しかし学校に着くと塾の先生が来ていてすごく安心しました。そして恒例の力餅を食べて、いざ教室へ。何故かさっきまでの不安はなくなり、すごくリラックスしていました。試験はあっという間に終わり(これが受験?1年間やってきたことがたった5時間で終わるのか)と思いました。それから合格発表まで落ちてるとしか思ってませんでした。しかし!なんと合格していました。私は思わず涙が溢れ出ていました。私が合格したなんて信じられなくて、何回も受験番号を確認しました。だけど確かにボードには受験番号があったのです。

私はこの1年間を通して、「努力は人を裏切らない。努力は必ず実る」ということを身をもって感じました。私は、あきらめないで頑張ってきて良かった、と心から思います。私のこの体験は、これからの人生の中で大きな自信になると思います。

そしてこれから受験をする人達に少しアドバイスを言いたいと思います。まず!勉強をしていて分からない所があれば、必ず理解できるまで質問をする!これはとっても大切なことです。質問をすることは恥ずかしい事ではありません。どんどん質問をしてください。そして、自分のプラスにしてください。次に何があってもあきらめないことです!頑張っていれば必ず結果はでます。しかし何もしなかったら、結果はでません。まずは少しでも良いから行動に移す事から始めてみて下さい。

受験勉強は本当にしんどいです。だけど、しんどい想いをした後には、きっと幸せなことが待っています。決してあきらめず、投げ出さずに、後悔をせずに、最後まで頑張ってください。




 暖かさで溢れ返った塾で学ぶ! 「将来は薬学部へ進学したい」 
 大阪府立高津高等学校入学 近畿大学附属高等学校合格 N・Y君

 僕が高津高校(以後高津)を受験しようと思ったのは中学1年の初めらへんからです。高津の校風のよさが旧5学区(新3学区)の中でもトップクラスだということは僕の住んでいる地域では周知の事実でした。その上学力は旧5学区の後期の公立高校では、トップ(新3学区では天王寺に若干負けていますが)に加え、家からものすごく近いのです。これらの要素が重なり合い僕の高津受験は確定しました。近いと言う要素は大事なものです。遠い人だと帰りは遅い、朝は早いプラス部活が入ってくるととんでもないことになり、授業中にうとうとするなんてことになってしまうので僕は近い高校をおすすめします。話しは変わって僕の将来の夢は薬剤師です。

次に、塾・進学教室の選び方は暖かいところが良いと思われます。(分かっていますよね?)僕は1箇所の塾しか通ったことが無いので、他の塾との比較は出来ませんが、僕の通っていた塾(藤原学園実験教育研究所)は、暖かさで溢れ返っていました。先生達は、授業の前や後に質問を聞いてくれ理解できるまでとことん付き合ってくれます。これは、他の塾には無い良さなのではないかと思います。この塾ではなかったのですが、暖かさを通り越してぐだぐだになっている塾もやめた方が良いと思われます。塾の友達は、大切です。塾に来ている人は、普通やる気があります。(親に無理やり行かされている、天才という場合を除いて)その友達のやる気を自分のやる気に変えること、これはとても簡単なことです。人間は周りに影響されやすい(特に日本人は)です。だからもし周りにやる気の無い人がいるなら、自分の気持ちで相手を奮い立たせてあげましょう。そうするとその相手を見て自分もまた頑張れる。そういう良い循環を作り出すのも大切なことです。

僕の使っていた問題集は、旺文社出版の全国入試問題集正解(通称電話帳)というものと、英俊社出版の赤本と呼ばれているものです。

電話帳は昨年の全国の後期公立高校といくつかの国立大学附属高等学校、高等専門学校、私立高等学校の問題が載っています。電話帳をすると、公立高校の色々な問題に対応出来るようになります。

それに対して赤本は、自分の受ける私立高校や府県の私立高校の傾向を知ることが出来ます。私立高校は、その学校ごとに傾向がかなり違ってくるので赤本をやっておくべきだと思います。又、大阪府の国語は他県より難しいとされていますからやっておく価値ありです。

記憶の工夫についてお話します。これは僕に合っている方法なだけで、みなさんに合うかはわかりません。なのでだめだという時にはすぐに方法を変えてください。僕のおすすめは、寝る前に覚える、ただそれだけです。しかし覚えた後にテレビを見る、音楽やラジオを聞く、本を読むなどはしてはいけません。そうしないとそれらの内容を覚えてしまいます。それでは意味ありませんよね?

最後に、入試当日(前日も含め)の注意をしたいと思います。試験当日は、試験中に眠くならないように早く寝ることと、明日の準備をしておくべきです。当日は、持ち物の確認をする、朝食べ過ぎないなどに注意し、試験会場に余裕のある時間に家を出ることです。会場での注意は、考え過ぎず開き直ること、言い方は悪いですがこいつには勝てるという人を見つけること、昼食は食べ過ぎないことなどです。試験中の注意は、出来ない問題は飛ばす。しかし簡単に飛ばしすぎない。自分が出した答えは絶対にちがうと思っていても解答用紙に書くということです。

これから入試に向かってまっしぐらというみなさん時は待ってくれません毎日こつこつと頑張ってください。みなさんに幸多からんことを!




 将来の夢“教職に就きたい” 「努力したら苦労はむくわれる!」 
 大阪府夕陽丘高等学校入学 大阪学芸高等学校合格 T・Hさん

 @ 受験を思い立った理由・時期

将来の夢があるので、それに近づきたいと思ったのと、見学に行って行きたい高校を見つけたから。受験を意識しだしたのは、中3の夏あたりでした。
 A 志望校は、いつ決めたか、また、将来目指していることは。

中1から行きたいなあ。と思っていた高校がありました。将来は、小学校教員になりたいと思っています。
 B プランのたて方・ノートの使い方
 計画は、立てても守らない方だったので、受験前のせっぱつまったときは、ひたすら赤本をしてました。ノートは、基本的に黒板丸うつしでしたが、しっかり授業内容を聞いていれば、ノートを読み返しても分かりマス。
 C 役に立った参考書・問題集
 赤本または、基礎についての問題集。
 D 塾の選び方
 親に薦められて塾(藤原学園実験教育研究所)を決めました。塾をよく変える人って成績上がりにくいと思いました。
 E 夏・冬の休暇の過ごし方・その効果的なプランは?
 ただひたすら寝てました。または、塾や部活など。
 F 記憶の工夫・理解するための工夫は?
 紙におぼえることを書きました。
 G 志望校の入試問題はいつから始めたか……?
 私立終わってすぐ。効果は、あったハズです。
 H 入試当日について。
 全く緊張しませんでした!試験は、数学に苦戦しました。合格したときは、入試のときよりも苦しい気持ちだったので泣きました。
 I この経験
 努力したらしただけの分、結果がくるという大変しんどいカベでした。



 “文武両道”やればできる。 「塾の冬特訓は効果あり!!」
 大阪府立高津高等学校入学 近畿大学附属高等学校合格 H・Aさん

 私は、受験という壁を甘く見ていて中学3年生になってからもずっとラグビーを続けていました。私は月に1回東京で行われるユースの練習に必ず参加していました。夏休みから勉強すればいいと思って4,5,6月はラグビーの練習をひたすらしていました。そして7月に入りさあ夏休み!!普通の人ならここで猛勉強をするのですが私は塾を休んで合宿に行き、8月にはニュージーランドへ遠征に行きました。そのような訳で、7・8月はほとんど勉強しませんでした。9月に五ツ木のテストがあり当然のごとく成績は最悪でした。ですが私はショックを受けませんでした。ラグビー部がある高校に行けたらそれでいいと思っていたので無理せず行けるところでいいと思っていたからです。9月が終わり10月に入るとみんなが勉強していたので自分も少しずつ勉強し始めました。すると10月の五ツ木で少しだけ成績が上がりました。成績が少し上がったからといって11月に東京で行われる試合に行きました。この試合が無事終わりようやく本気で勉強に取り組むようになりました。みんなより勉強するのが遅かったので当然成績が上がるのが遅く友達の成績が上がってるのを見るたびにくやしく思い勉強しました。私は小さい頃から早寝早起きが習慣だったので夜遅くまで勉強することができなく朝に勉強して学校へ行き、帰ってくるとトレーニングをして塾に行くという生活を繰り返してきました。それでも成績が上がらずこれではだめだと思いトレーニングをやめて学校から帰ってくるとすぐ塾に行き勉強しました。そして迎えた12月の五ツ木は前の教科ができなかったということを引きずってうけたせいで11月の五ツ木より成績が下がっていました。気分が下がったまま冬休みに突入し塾(藤原学園実験教育研究所)恒例!?冬合宿に参加しました。これまでの合宿とは異なり船の中から勉強で3泊4日すべてが勉強でした。中でも最後の夜は徹夜で勉強し、質問をたくさんしてわからない所をわかるまで聞きました。そして同じ傾向の問題が解けるようになり自信につながりました。合宿から帰った次の日が大晦日だったのでずっとテレビを見ていました。そして新年を迎えもうすぐ受験だという気持ちと高校ラグビーを見たいという気持ちがいっぺんに出てきました。しかし私は、友達に負けるのが嫌だったので勉強しました。そして最後の五ツ木を迎え冬合宿で得た自信と共に会場に向かいました。結果は今までで一番良かったけど自分では満足行く結果でなかったので勉強しました。

あっという間に私立の懇談が学校で始まり先生に反対されながらも行きたい高校を受けることにしました。五ツ木ではC判定だったので入試当日はとても緊張して手が震えてあまり書けませんでした。でも社会がとてもできたので受かった!!と思いとてもごきげんで家に帰りました。結果はやっぱり合格、とてもうれしかったです。でもその喜びをおさえて次は公立受験だと思い気持ちを切り替えて勉強しました。時間は早くすぎて学校で行われる公立受験のための懇談の日が近づいてきました。私はそのころから成績が上がってきており八尾はいけるといわれ高津もその日しだいだといわれどうせ公立に行くならトップがいいと思いこの時に志望校を高津にしました。志望校を高津にするといってから今まで以上に勉強しました。そして出願人数は少ないと思っていたのにとても多くてびっくりしました。絶対におちたくなかったので夜も遅くまで勉強しました。

そして公立受験の日。ラッシュと重なり行くまでにとてもつかれました。テストのできは最悪で終わった後絶対落ちた、と思って家に帰りました。発表までの一週間はとても長く感じました。見に行くとみんな喜んでいいなぁと思いながらボードの前に行くと自分の受験番号628がありとてもうれしかったです。少しの間だけど頑張ってよかったです。



 塾に入って“喜び”を知った 「絶対、絶対、諦めない!」
 大阪府立高津高等学校入学 近畿大学附属高等学校合格 I・Nさん

 合格発表。自分の受験票に記されたものと同じ番号を見つけた瞬間、私は思わず自分の立っているのが自分の受験した高校であることを確認した。そういえば、受験勉強を始めたころは、自分がこの場所に立っているなどとは想像もしなかった。

勉強と言えば学校の定期テスト1週間前だけだったし、それも長い時間と言うわけではなかった。特に行きたい高校も無かったので周りの人達が勧めてくれていた高校を受験するつもりだった。しかもその志望動機は、そこそこ勉強すればそんなに頑張らなくても合格できる高校だからという、呆れるほどにいいかげんなものだった。その実に適当な考え方は、中3の春、塾(藤原学園実験教育研究所)に入塾したことで変わっていった。

分からない問題があったら、先生に質問すればいつでも教えてもらえるし、理解できた時の喜びも知った。勉強時間を増やせば、その分偏差値も上がった。楽しくて仕方がなかった。すっかり勉強にハマってしまった。ところが、急に成績が下降した時期があった。11月頃のことだ。勉強をサボったわけではない。むしろ、学校が終わったらすぐに塾へ行き、授業後も遅くまで残って自習するようになっていた。どうして下がるのか分からなかった。先生は「頑張ってるんやから大丈夫。そのうちまた成績も上がる!」と言ってくれた。それでもやはり不安で深い沼の中にいるような気分の日が暫く続いた。そんな中で私はやっと進路について真面目に考えた。行きたい高校がないなら、いっそ入試直前まで決めず、ただひたすら勉強しよう。できるところまで挑戦してみよう。そう思った。すると何かが吹っ切れたように感じた。成績が、上がった。そこからは、なかなか好調だった。塾で渡された全国都道府県入試問題集(通称、電話帳と呼ばれているだけあった、その重さと分厚さと文字の小ささには悩まされた)も次々と制覇したし、冬休みは1日の半分を塾で過ごす日もあった。小豆島での冬合宿では徹夜で勉強もした。私立入試もなんとか突破した。残るは本命・公立後期入試。赤本が終わったら狂ったように五ツ木の過去問ばかりを解いた。そうしているうちに本番の日を迎えた。あっという間だった。高校まで塾の先生が応援に来てくれた。「いつも通りの顔やん。あんま緊張してないんならよかった。」先生はそう言ったが、緊張していなかったのではなく、先生の顔を見て安心したのだ。だが緊張が和らいだとはいえ、何度か周りのピリピリした雰囲気に押し潰されてしまいそうになった。特に苦手科目の数学。何と言っても難しかった。とりあえずできるところをなんとか埋めて、それでも半分以上用紙が白かった。時間の経過とともに焦りだし、手が震えてきた。涙も流れた。そんな時に、塾でもらったあたたかい言葉の数々が頭の中に浮かんだ。「頑張ってきたんだから大丈夫だって自分を信じろ。」「最後の1分1秒までがんばれ。」「絶対絶対あきらめるな。」の言葉。私は何が会ってもこの高校に合格すると決めたのだ。だんだん落ち着いて、いくつか問題が解けた。相変わらず用紙は白かったが。直後の休憩時間は必死で涙を堪えていた。得意科目もまだ残っている。全て終わるまで泣いてはいけない。ここで切り替えないと本当に悲しい結果を招くことになる。そのかわり試験が終わったら思いっきり泣こうと自分に言い聞かせた。でも、終わってみれば結構すがすがしいものだった。1年間やることはやった。悔いがないくらい勉強ができた事がよかったと、気分よく笑えた。

ここで、私の勉強法を紹介する。
《理科・社会》重要語句は必ず覚え、基礎を固める。苦手なところは同じパターンの問題をたくさん解いて慣れる。

《数学》問題をたくさん解く。もうひたすら。

《英語》構文を身につけたら、長文問題。入試のときに全文を読んでいると時間をとってしまい良くないということもあるが、問題集をする時は出来るだけ読んで訳して慣れておくといい。

《国語》漢字は正確に覚える。答えが問題文中にあることが多いからしっかり文を読む。

教科別に書いてみたが、全てにおいて共通することは、たくさん問題を解くこと。解いた後はしっかり間違いなおしをする。何を間違えたか、何が分からなかったのか、どうすれば答えに辿りつけるのか。分からない問題を分からないまま放っておく事をしてはいけない。質問するのがとても大切なことだ。

最後に、一つ。「絶対絶対諦めるな。」